ゆきぼうさんちのぽおとふぉりお

自創作を公開しています。

【小説】かみさまのいるせかい SideB Ep2

第ニ話「神話生物」

 

 検邪聖省。

 それは、唯一絶対の神を祀り、犯した罪を償い、人を再び神の園へと導く為の存在だった。

 小さな丘の上に建てられた一つの教会から始まったその信派は、今では世界中に数十億人ともいわれる信徒を持つ、巨大な組織へと昇り詰めた。側から見れば、彼らは数多の教派に分かれて争っているように見えるが、元を正せば一つの神に行き当たる。そして、すべての教派を束ねているのが検邪聖省なのである。

 神託によって選ばれた「教父」の元に、世界中のあらゆる人種から選抜された神官、預言者、そして聖騎士を従える検邪聖省は、世界最大の組織であるとともに、世界最大の学舎であり、そして唯一の「神より来たりしもの」を扱うことのできる存在である。

 枢木オーディットは、その検邪聖省に属する中でも、聖なる任務を預かる「聖騎士」であった。幼い頃に現教父によって見出され、聖座に招かれた。実のところ、その経緯はオーディットにとってはトラウマに近い出来事を経ていたので、今でも夢でうなされることがある。生まれた頃より信仰があり、神の存在を疑ったことはないのだが、それでも、もうあれから二十年は経とうというのに、一向に「赦された」気がしないのは、自分の信心が足りないからなのだろうか、あるいは、神は聖典でも言われている通りに、信仰心に対して嫉妬深いのだろうか、あるいは…

 

「どうかしましたか?」

 

 よくない考えが頭をよぎろうとした時、あの美しい声がオーディットを現実の世界に引き戻した。気がつくと、一点の曇りもないブラウンの透き通った瞳が自分の顔を覗き込んでいた。おそらく、この古書店「セラエノ」のアルバイト店員夢見マキナが、心ここに在らずの自分を心配してくれたのだろう。

 教父様に紹介されて、はるばる自分のルーツでもある日本までやってきたというのに、肝心のセラエノの店長は留守で、しかもいつ帰ってくるともしれないという。マキナによれば、年単位で帰ってこないこともあるとのことで、とても帰りを待つような状況でもなくなってしまった。だが、幸いにもというか、驚くべきことにというか、この目の前にいる可憐な女性にしか見えないマキナが、オーディットが所属する検邪聖省に妙に詳しいことがわかり、今、彼女に連れられる形でセラエノを後にして外出していたのだ。

 一般的に、普通の人間は検邪聖省のことを知ることはない。実のところ信仰を束ねる組織は表向きには別のものがあるからだ。検邪聖省は表の仕事をこなす事はない。特に聖騎士の任務は、祈りや赦しではなく、神の意思の代行である。よって、マキナが自分を一目で検邪聖省の人間だと見抜き、あまつさえ聖騎士であることを見破った時、オーディットは、マキナが見た目とは違って、自分たちの世界のことを知っているどころか、むしろかなり通じている人間である事を確信し、彼女になら自分の任務について話しても大丈夫だと安心できた。何しろ、検邪聖省の神官や神学者が誰も知らなかった、今回の任務の発端である謎の金属「トゥクル」を知っていたのだから。

 

「さっき見せた金属、トゥクルと言ったな。あれは、実はわたしの兄の消息を突き止めるたった一つの手がかりなんだ」

 

そういった後オーディットは、一呼吸おいて、慎重に言葉を選んで、だが正直に今回の任務の事を伝えることにした。

 

「わたしの家は、代々魔術師の家系で、今はわたしの兄が当主を務めている。家督を継ぐ少し前に、兄は父からある魔導書の存在を聞いた。そして、それから兄は取り憑かれたようにその魔導書を探し回るようになった。数週間前、この金属を自らの研究室に残したまま姿をくらましてしまったんだ」

 

「魔導書… ですか」

 

 まるで友達の人生相談を受けるかのような軽やかな返事をしたマキナは、雲ひとつない空を見上げながら考えを巡らせた。頭の中のインデックスを検索しながら、ひとつ矛盾めいた疑問が浮かんだので、その事をオーディットに訊ねることにした。

 

「オーディットさん、魔術師の家系なのに、検邪聖省の聖騎士なんですね。驚いてしまいました」

 

 屈託のない笑顔で核心をついた質問をするマキナを見て、オーディットは、マキナには下手な隠し事は通用しないと直感で確信した。この女性は見た目とは裏腹に、自分よりも遥かに高い知性と深い知識を備えている。家庭内のこととはいえ、自分が聖騎士を目指した理由を秘密にすることは全くもって得策ではなさそうだ。

 

「わたしの父は、とても厳しい人だった。一族の中でも飛び抜けた魔力を備えていて、一言で言えば天才だったんだ。だが、父は他人を思いやる心を持ち合わせておらず、わたしや兄に常軌を逸した厳しさで指導していた。特に長兄である兄には、虐待とも言える苛烈な指導が続き、幼いころのわたしはとても見ていられなかった。そんなわたしを見かねた母が、イタリアにある実家にわたしを預けたんだ。その後、わたしは恐ろしい思い出を払拭するかのように信仰にのめり込み、気がつけば教父様に見出されていた」

 

 思い返してみれば、兄が変わってしまったのは、父が悲惨な死を迎えてからだった。父は、おそらくはなんらかの儀式を行なっていた際に、その儀式が失敗したことにより死亡した。皮膚が全て裏返しにされ、内臓が元あった部位へと血管で結びつけられるという、およそ人の仕業とは思えない姿で発見されたのだった。その日以来、兄はオーディットとほとんど会話を交わさなくなった。

 

 そんなことを思い出しながら、オーディットはマキナに言った。

 

「兄が恐ろしい魔導書を手に入れたがっているのはわかっている。だが、わたしにはそれが父の歩んだ道と重なって見えるんだ。考えたくはないが、兄は父が行った儀式を再現しようとしているのかもしれない」

 

 マキナは、そのオーディットの推理は間違っていると考えていた。そもそも、オーディットの兄が探している魔導書は、おそらく儀式のマニュアル的なものなどではなく、もっとずっと恐ろしいものだ。だが、そのことを家督を継いだわけではないオーディットが知っているとも思えなかった。なので、マキナはとりあえず当たり障りのない意見を言うことにした。

 

「ところで、オーディットさんは、そのトゥクルを元の持ち主が取り返しに来ると考えたことはなかったのですか?」

 

 今までの話の流れをまるっきり無視したようなマキナの言葉に驚いたオーディットだったが、よくよく考えてみれば、そういう可能性もあるかもしれないと今更ながらに気がついた。

 

「い、言われてみればそうだな。考えが及ばなかった…」

 

 その刹那、オーディットとマキナの周囲が不思議なざわめきで覆われたかと思うと、まるでペンキで色を塗られているかのように、景色が見たこともない形へと変わっていった。

 

「な、なんだ!?」

 

 オーディットは咄嗟にマキナを守るように前に出て身構えていた。聖騎士という職業柄、基本的にどんな時も他人を守るように訓練されている。だが、マキナは、それまでとはまるで別人のような力強い声で答えた。

 

「これは、神話空間です!引きずり込まれます!」

 

 神話空間。初めて聞く言葉にオーディットは少し狼狽した。マキナはこんな普通ではない状況にまで知識があるのかと、今日彼女に驚かされたのは何度目かわからないが、今のが一番驚きだった。

 

「し、神話空間!?」

 

 そう言い終えるとほぼ同時に、周囲の景色が完全に置き換えられた。色とりどりの点で描かれた景色。まるで絵画の点描のような風景は、この世のものとは思えなかった。そして、自分たちからほんの20メートルほど離れた場所に、これまたこの世のものとは思えない「何か」がいるのが見えた。

 

「なんだあれは… 何か… いるぞ」

 

 オーディットは自分の目が信じられなかった。1.6メートルほどの甲殻類のような見た目の生物がそこにはいた。3本の手か足かわからない器官が生えており、地面に着いているものは足のような役割を果たしている。そして、その器官━━━触手のようなものの先端は鉤爪にもハサミにも見えるものがついており、渦巻きのような頭から、いくつもの触覚が生えていて、頭自体の色が目まぐるしく変わっている。よく見ると一定のパターンがあり、それはまるで会話をしているかのようだった。マキナは、それを指差し、顔色ひとつ変えずに言った。

 

「あれは、神話生物ミ=ゴ。そのトゥクルの元の持ち主です」

 

 神話生物。またもや初めて聞く単語だった。もはや目の前で起きていることはオーディットの理解を超えている。だが、自分は検邪聖省の聖騎士だ。ここで怖気付くわけにはいかない。万が一、人智を超えた出来事に遭遇した時のために、教父様からアレを預かってきているのだ。だが、単なる儀式のようなものと考えていたアレを、まさか本当に使うことになろうとは…

    オーディットはマキナとミ=ゴとの間に立って、右手をまっすぐに横に伸ばした。

 

「来たれ!カリバーン!!!」

 

 そう叫んだ刹那、空を眩いばかりの光が覆ったかと思うと、まるで稲妻のような音を立てて、大きな光の柱がオーディットの横に落ちた。そして、そこにはいつの間にか一振りの大剣が刺さっていた。

 

 選定の剣カリバーン。検邪聖省に伝わる聖剣の一つだった。今回の任務に出る前に、特別に教父様から授かったのだ。本来の持ち主は殉教し、もはやこの世にはいない。聖騎士である以上、オーディットも聖剣を持ってはいるが、このカリバーンは並の聖騎士では扱うことのできない最高峰の神器である。これを渡されるということは、聖騎士としても一流と認められた証なのだ。

 オーディットはカリバーンを手に取り、大地から引き抜いた。そして、剣をミ=ゴに向けた後、意味のわからないことばかり起きているこの状況を振り払うかのように、大声で叫んだ。

 

「我が名は枢木オーディット!検邪聖省の聖騎士である!神話生物ミ=ゴ!父と子と聖霊の御名に於いて、お前を滅ぼす!!」

 

 その言葉が終わると同時に、オーディットは地面を蹴ってミ=ゴに突っ込んでいった。だが、ミ=ゴは鉤爪を開いたかと思うと、そこにどこからともなく現れた銃身のようなものを取って、オーディットに狙いをつけた。攻撃の予兆を感じ取ったオーディットは、ミ=ゴの手元が光ると同時に跳躍していた。聖剣カリバーンの加護を受け、常人の何倍もの身体能力を発揮できる今のオーディットが、ミ=ゴの発した電撃の光線のようなものをかわすことなど容易かった。そして、身を翻してミ=ゴの上空から落下する速度を味方につけて、触手の一つを切り落とし、着地と同時に後方へとジャンプして体制を立て直した。

 

 触手を切り落とされたミ=ゴは、残った触手を出鱈目に振り回しながら、頭の色を明滅させた。どうやらミ=ゴは声で会話する種族ではなさそうだ。

 

 そして、オーディットは手応えを感じていた。聖剣カリバーンの力で自分の能力は強化され、光線のような攻撃であるにも関わらず、「見てからかわす」事が出来ているからだ。危険なのはおそらく残りの触手。同じような機能を持つのであれば、またあそこから電撃を放つ銃のようなものを出すに違いない。そうなる前に全て切り落とす。

 

 そう思っていた矢先だった。ミ=ゴの頭が今までで一番激しく明滅したかと思うと、何か音波のようなものがオーディットを襲った。そして、立ちくらみが起きた時のようにオーディットは膝からガクッと崩れ落ち、動けなくなった

 ミ=ゴが残りの触手を使ってにじり寄って来ても、オーディットは、まるで催眠にでもかかったかのように動くことはできなかった。意識はあるのに体がまるでいうことを聞かない。自分の目の前でミ=ゴが鉤爪の中にまたもや例の銃を出現させても、オーディットはそれをただ見ていることしかできなかった。

 

 聖剣カリバーンを与えられた事で舞い上がっていたのか。

 

 オーディットは自分の愚かさを呪った。なんと言っても、自分だけでなくマキナの命も危険に晒したのだ。聖騎士として、決してあってはならない事態だった

 ミ=ゴが銃を構え、自分に狙いをつけ、頭を七色に輝かせる。勝ち誇っているのだろうか。だが、それは本当数分前に自分がミ=ゴに抱いていた感情だった。オーディットは情けなさに涙を滲ませた

 そして、目を閉じていてもわかる輝きがオーディットを包み、だが、あの電撃の音はしなかった。不思議に思い目を開けると、目の前にマキナが立っていた。だが、さっきまでの優しい、慈愛に満ちたマキナではなく、凛とした表情で、だが決して恐ろしい怪物に対しても一歩も引かないという決意が浮かぶその姿は、文字通り神々しかった。

 

「そこまでです。神話生物ミ=ゴ。トゥクルを取り戻したい気持ちはわかりますが、盗んだのはこの人ではないことくらいわかっているはず。やりすぎです」

 

 ミ=ゴの頭が暗い色に変わる。意思の疎通ができなくてもわかる。これは恐怖を感じているのだ。どこからどう見ても怪物のミ=ゴが、マキナに。マキナの姿が少しずつ変わっていく。軽装の鎧を着た武人の女性の姿に。手には大きな美しい幾何学模様のような形をした槍のようなものが握られていた。

 ミ=ゴの頭はもはや色の体を成していなかった。触手をバタつかせ、背中から現れた羽根のようなものをはためかせて飛ぼうとしているように見えたが、上手く飛べないのか地面を這いつくばっている。

 

「勝てないとわかった時点で退くべきでしたね」

 

 そうマキナがいうと、手に持っていた槍がとてつもない光を放った。そして、その光に包まれたミ=ゴは、言葉通りに粉々に砕け散った。後には何も残らず、光が消えた時には神話空間も消えていた。マキナが振り返り、オーディットに近づいて来た。オーディットは震えていた。何か人ならざるものを自分は見ている。

 

「あ、貴方は一体…」

 

 その質問が来ることはわかっていたと言わんばかりに微笑んで、マキナは答えた。

 

「私はヌトセ=カアンブル。貴方がたのいうところの、異教の神です」

 

 信じられなかった。神が目の前にいる?しかも、検邪聖省の神ではなく、異教の神が?

 

「か、神…なのか… 貴方が…」

 

 透き通った、心を安らがせる美しい声、慈愛に満ちた笑顔、底知れぬ知識。全てが繋がった。なるほど、自分は、信じるものとは別のものではあるが、神と邂逅していたのか…

 

「オーディットさん、貴方の兄上が探している魔導書は、わたしの治める幻夢郷という地にあります。ですが、訪れる資格を持つ人間以外の者が出入りしたことは、ここ20年以上ありません。つまり、貴方の兄上はまだこちら側の世界にいるということになります。トゥクルは脳を保存して、精神だけを別の場所に運ぶために使うつもりだったのでしょう。ですが、そもそもミ=ゴがそんなことを協力してくれるはずもなく、トゥクルだけ持ち帰ったのだと思います」

 

 合点がいく話ではある。兄は知識を得るためならなんでもやる男だ。肉体を失うことなどものの数に入らないだろう。

 

「正直言って、どう言っていいのか全くわからないんだが、とりあえず手掛かりが何も無くなってしまった以上、また検邪聖省に帰って、今後の策を練ろうと思う」

 

 マキナはかぶりを振って答えた。

 

「それはお勧めしません。幻夢郷についてこの世で最も詳しいのは誰だと思います?」

 

 マキナの姿だけでなく、声のトーンも、あの優しく美しい響きに戻った。そう、教父様に与えられた唯一の手がかりを失ったのだ。あれ以上の有益な情報を検邪聖省は現状持っていない。となれば、頼るべきは目も前にいる異教の神…

 

「もちろん、わたしを崇拝しろなんて言いませんよ?」

 

 イタズラっぽく笑うマキナは、どう見ても人間で、見た目相応の可愛らしい女性だった。

    この世に検邪聖省の神以外に神が存在するなんて… 

 だが、オーディットは迷わなかった。最初から自分の心は感じていたのだ。マキナの神々しさを。

 

「わかった。しばらくの間よろしく頼む」

 

 神は実在した。礼拝堂でも雲の上でもなく、自分の目の前に。

 

つづく

【小説】かみさまのいるせかい SideB EP1

第一話「聖ヶ丘にようこそ」

 

 聖ヶ丘市。

 都心から電車でおよそ四十分のこの街は、都心へ通勤する人々の「住」を担う、いわゆる衛星都市、ベッドタウンだった。

 戦後の混乱の最中、住宅の供給を目的に、住宅整備公団が、荒れ果てた都心から離れた場所に計画的に多くの宅地を整備して、そこへ鉄道を敷いていった。労働者は昼間は都心であくせく働き、夜は家に帰って眠る。そういうルーティンを繰り返すための、街の名を冠しているだけの寝床。それが高度経済成長期、バブル崩壊、そして二十一世紀の幕開けまでの聖ヶ丘という街の全てであった。

 状況が変化したのは、街の名士である神園大次郎が、聖ヶ丘に幼稚園から大学までカバーする巨大な学校法人を設立すると表明した時だ。

 街の中心にある市民ホールで大掛かりな記者会見を実施した大次郎は、聖ヶ丘という街の規模には不釣り合いな数の大勢のメディアを集めて、聖ヶ丘が都会と地方都市の特色を兼ね備えた理想的な都市になれるポテンシャルを持っているということを二時間にわたって熱弁し、この学園都市計画が今後の日本の地方都市再生のモデルケースになり得ると、何度も何度も、まるで人々の脳裏に直接文字を刻みつけるかの如く訴え続けた。

 その後、全国的に少子化が進む中、あまり体力のない学校は次々と統廃合の憂き目に遭い、聖ヶ丘に続いて学園都市計画を掲げる街はほとんど現れなかったが、そんなことは歯牙にもかけずに、大次郎は聖ヶ丘園都市計画に有り余る私財を投じ続けた。

 もう半世紀以上にわたって、単なる駅としての機能以外持たなかった聖ヶ丘駅は、巨大な円形競技場のようなテナントビルへと生まれ変わり、駅前はさながら未来都市のように美しく整備された。そこから一直線に、幅三十メートルを超える歩道が数百メートル伸びた先に、国内でも稀な、強化ガラスをメインに使用した佇まいの、ひとことでいえば空飛ぶ円盤のような建物が鎮座している。これこそが今や聖ヶ丘市のランドマークとして聳える聖ヶ丘学園である。

 聖ヶ丘学園には現代建築の最先端テクノロジーが多数使用されている。

 建物をぐるりと囲む強化ガラスには全面に液晶ディスプレイが圧着されており、電圧をかける事で液晶粒子の並びを変え、光を散乱させて曇りガラスのようにすることができる。これにより高いデザイン性を維持しながら生徒のプライバシーを保護することができる。

 学習スペースは一つ一つの席が独立しておらず、一般的な大学に見られるような講義机イスを採用。教室と廊下が一体化しているオープンスペースで、用途に応じて中央のスペースを区切って、便宜上二つの違った教室へとすばやく変更することもできる。また、教室三つごとに階段が、六つごとにエレベーターが設置されており、三階建てのフロアをストレスなく移動することが可能だ。円形の校舎の中央部は、自然環境の学習スペースや校庭、さらには牧草地や果樹園を兼ねており、かなりの広さの緑地と森林で成り立っている。

 驚異的なのは、これだけの最新設備を揃えながら、直径四百五十メートル、一周千六百メートルの屋根にびっしりと敷き詰められた太陽光パネルで全ての電力を賄っている事である。万が一の非常電力は当然ながら用意されているが、外部電源に頼った設備は一つもない。もちろん有事の際は外部電源を接続することも可能になっており、学食を市民の食堂として開放したり、大教室や講堂を避難所として利用する際も万全の体制で臨めるように職員は訓練されている。

 こうして、信じられないくらいの予算と労力をかけて完成した聖ヶ丘学園は、当然の如く脚光を浴び、瞬く間に全国の学生の憧れの的になった。今では全国で三位の入試難易度を誇る名門私立学校として名を馳せている。

 

 と、ここまで読んで、枢木オーディットは駅に置いてあった聖ヶ丘市のパンフレットを閉じた。

 彼女が生まれたのはアメリカ合衆国。その後二歳の頃に両親と一緒にイタリアに移住して、そこで成人するまで過ごしてきた。日本人の血が入っているとはいえ、オーディットにとってこの国は完全な「外国」だった。

 オーディットは日本人の父とイタリア系アメリカ人の母の間に生まれた。日本人とのハーフにしては珍しく、彼女はブロンドの髪と透き通るようなブルーアイを成人しても保っていた。だが、顔立ちがどうしてもアジア風なので、学生時代はあまり友人ができなかった。

 家庭内で日常的に日本語が使われていたため、日本語の理解や読み書きはなんの問題もない。ただ、それは彼女が日本語話者であるということ以上の意味を成さなかった。日本の文化や作法などはほとんど何も知らないのだ。なので、初めて来た「母国」であるにも関わらず、オーディットは不安で仕方がなかった。「仕事」でなければ一刻も早くイタリアに帰りたい。だが、そうするわけにはいかなかった。日本に来る羽目になったのは、それがオーディットにとって仕事であると同時に、家庭の事情も絡んでいるからなのだ。すなわち、この件は彼女にしか解決できない。彼女の手によって解決されなければならない。誰かを頼ることはできても、その誰かに委ねることは許されない。

 だからこそ、憂鬱で仕方がなかったのだ。

 駅に着くと、オーディットは人の流れとは逆方向に歩いて行った。

 ホームの端まで行くと、そこに小さめの、しかもかなり年季の入った階段があった。聖ヶ丘駅が今のような形になる前からある、西改札口に繋がっている階段だ。

 前日まで降っていた雨が染み込んでいるのか、ヒビのようなものに沿ってコンクリートの色が変わっている。今すぐにどうにかなるような古さではないが、近代的な輝きしかない中央改札口から比べると、こちら側の階段はどうしても頼りなさを感じるものだった。加えて、照明が極端に少なく、バリアフリー法が施行される前のものであることから、手すりすら設置されていなかった。

 聖ヶ丘学園ができる前とは違って、今では中央改札口からさまざまな公共交通機関が使えるため、この西改札口を使う人はもはやほぼゼロであると言っても差し支えない。そのため、この階段にはチェーンがかけられており、万が一ここを通りたい場合は駅のスタッフに連絡するように促す札がかけられていた。オーディットは立ち止まり、ふと辺りを見回してから、迷いなくチェーンをくぐって階段を登って行った。そして、登った先に設置されているICカード端末にスマートフォンをかざして、およそ改札という言葉には似つかわしくない無人駅のような作りの出口から駅の外へと出た。

 西改札口の外には舗装すらされていない砂利道があった。数メートル歩いてからオーディットは一度振り返ってみた。今出てきた駅舎の向こう側に、聖ヶ丘駅のテナントビルが見える。あれだけ立派な、しかも円形のビルなのに、この駅舎は前世紀に建てられた状態のまま取り残されている。

 イタリアの田舎の駅もこんな感じの古くて狭い階段があって、しかも改札などというものすらなく、誰でも出入り自由だった。場合によっては見送りの人が電車の中まで入り込んで来るほどだった。イタリアに移住して二番目に住んだ街がトスカーナの田舎町だったが、オーディットは、ふとその時のことを思い出していた。

 一瞬の感慨に耽った後、オーディットは駅とは反対方向に向き直り、スマートフォンのマップアプリを立ち上げた。これから行く場所はこのアプリには登録されていないが、住所は知っている。目的地をセットして、案内開始のボタンを押して歩き出した。アプリによれば目的地まで歩いて十五分。駅の近くの林を抜けて丘を目指していくルートのようだ。

 まったく整備されていない小道を歩いて行くと、昔は何かの店だったような建物が二、三軒あった。草が生え放題で、窓ガラスは割れており、サッシは錆びついている。廃屋という言葉が文字通り当てはまる光景だった。イタリアでも田舎にはツタが這い回っている古い石壁の家がたくさんあるが、それでも人の手が入っているとすぐわかるものだ。

 電車の中で読んだパンフレットによれば、この街が今のような発展を遂げ、人の導線が完全に変わってしまってから、わずか二十年かそこらのはずだが、目の前にある廃屋はもっとずっと長い間放置されていたように見えてしまう。オーディットが現在自宅を構えるローマには千年どころか二千年前に建てられた建物さえあるというのに、この廃屋はそれより古い物と錯覚するほどの荒廃ぶりだった。実際、オーディットが現在住んでいるのは、ユリウス・カエサルが建築を始め、アウグストゥス帝の時代に完成したマルチェッロ劇場アパートである。

 マルチェッロ劇場も、ローマ帝国崩壊後は打ち捨てられ、半分ほど川の砂利に埋もれていた時期があった。今では世界遺産として観光名所にもなっているが、中世までは単なる廃墟としてマルチェッロ神殿と呼ばれ、その後要塞として使用された後に、所有者を転々としながら十六世紀に住居への転用がなされた。忘れ去られていた廃墟は、今や夜にはライトアップされて、夏になれば野外コンサートも開かれる、正直住むにはあまり向いていないような場所へと生まれ変わっている。ローマの厳しい景観保護条例によりエアコンの室外機を設置することも、窓枠を木製ではなくアルミサッシにすることも、挙げ句の果てには洗濯物を窓の外に干すことも許されていない。でも、オーディットはどうしてもそこに住みたかったので、不便な部分には目を瞑って日々を過ごしていた。

 気を取り直して先に進むと、目の前に広がっているのはもはや道ですらなく、荒れ放題の藪だった。誰かが通った形跡は全くない。一応アプリはこの「道」で合っているような表示をしているが、正直いってオーディットの頭の中ではむしろ不安の方が強くなっていった。人の痕跡が全くないというのに、この先の丘に本当に目的地が存在しているのだろうか。アプリには情報がなく、GPSを頼りに進んでいるが、そこに道はない。さながら人類未到の地を旅する探検隊の如く、前に進むために何度も草を踏み倒し、まさに道を切り拓きながら進んでいる。マップに表示されている道を、いま自分が作らされているのではないかと錯覚してしまうほど、オーディットは自分がやっていることに自信を持てなくなっていた。そして、駅を出てから四十分が経過しようとした時、ようやく丘を登り切ることができた。

 オーディットは駅で何か飲み物の一つでも買ってこなかったことを後悔していた。日本ではイタリアと違って飲み物や食べ物を買える店がそこかしこに散りばめられていた。しかも、店どころか自動販売機もそこらじゅうにあって、いつでもどこでも何かを買うことが出来た。飲み物は総じてイタリアよりだいぶ冷たい温度で売られているが、この国はどうも湿気が強いらしく、その冷たさが心地よかった。そして、今のオーディットにとって最も欲しいものがその冷たい飲み物だった。だが、今自分がいる場所は同じ日本でも荒れ果てた草だらけの丘の上だ。ローマ建国の英雄、ロムルスとレムスは、自分たちが捨てられていた丘に自分たちの国を建国しようとしたわけだが、オーディットはこんな丘ならばアムリウスがロムルスとレムスを捨てようとしたのもわからないでもないなどと、妙な想像をしてしまっていた。

「後はテヴェレ川があれば完璧だったな」

 と、冗談めかして周囲を見渡した時、少し離れた場所にポツンと建物が立っていることに気がついた。オーディットは急いでマップアプリとGPSを使って、自分が今いる場所とその建物を照合してみる。そして、そこが目指していた目的地であることを確信した。

「あれが… セラエノ…」

 オーディットは安堵して、喉の渇きも忘れてその建物へと近づいていった。だんだんと草の荒れ具合もマシになってきて、建物に着く頃にはちゃんと整備されている道が反対側に続いているのが見えた。なんとなくどういう事なのか察したオーディットは、一人で苦笑いしながら建物の看板を見た。そこには「古書 セラエノ」と書かれていた。    

 ようやく目的地に辿り着いた。そして冷静になって考えを整理してみて真実がわかった。どうやら今自分が切り拓いてきた人類未到の地は、そもそも道ではなかったようだ。マップをフリックしていくと、隣の駅である翠乃から続いている道がちゃんと表示されていた。要は、この古書セラエノの最寄駅は聖ヶ丘ではなく、隣の翠乃駅だったのだ。この道すがら自分が色々思いを馳せてきたことが急に恥ずかしく思えた。

 とりあえず入ってみよう。そう思い直して、改めて建物の外観を見る。木造の小綺麗な建物で、まるでおとぎ話に出でくるような、およそ日本という国には似つかわしくない風情がある。壁だけでなく屋根まで木を組み合わせて作られており、全体的に鋭角に空に伸びている。高さはじゅうぶんだが、外から見た造りではおそらく2階に相当する部分はないように思えた。自分が今日本にいなくて、本を広げた時にこの建物の写真が出てきたのならば、間違いなく西欧のどこかで撮られた写真だと勘違いするだろう。

 オーディットはドアの取手を手に取り、どちらに開くかやってみた。というのも、日本は家に入る時に靴を脱ぐという文化があり、大抵の扉は外開きだと聞いていたからだ。だが、この扉はどうやら内開きのようだった。よくよく考えてみれば、いかに日本とはいえここは店である。当然靴を脱ぐ必要はないわけで、少々考えすぎたと感じながら、少し軋む音を立ててドアを押し開いた。そして、眼前の光景に息を呑んだ。

 セラエノの中に入ると、外から見た時よりもずっと広く感じた。一般的な人間の背丈よりも遥かに高い本棚がずらっと並んでいて、そこにギッシリと本が並べられている。背表紙を見るとどの本も日本語ではなく、英語やドイツ語、フランス語、スペイン語ギリシャ語やラテン語のものもあった。装丁も単なるハードカバーだけではなく、宝石が散りばめられた一点物の豪華なものや、おそらく動物の皮を使用していると思しきものまで多岐にわたっていた。

 活版印刷が普及する前は、本は貴重なものだった。文字を書くことのできる人が限られていた時代はなおさらで、本は写本することによって複製されていった。そして、あるものは財産として貴族のコレクションに加えられ、あるものは修道院で教育に使われるために大切に保管された。数百年の保存に耐えうるべく、堅牢な装丁で、なおかつ耐久性が極めて高い羊皮紙に書かれることが多かった。時代を経てスクロールからコーデックスへと本の形態は移り変わって行くが、十八世紀から十九世紀にかけて木材パルプから現在でいう紙が大量生産できるようになるまでの長い間、人類は動物の皮を加工した羊皮紙か、草から加工するパピルスを利用し続けた。両方とも庶民が簡単に手にできる代物ではない。故に、本は資産として扱われていた。

 この店の本からも、そういった「大切にされてきたもの」の雰囲気を感じ取ることができた。建物が木造なのも、湿度が高い日本の気候を鑑みて、木の力で湿度をある程度調節しているのだろう。当然空調も使われているだろうが、この国で古来より木造建築が発展してきた理由は、その気候に対応する必要があったからだと、以前学校で習ったことがある。

 本棚の奥に、ほんの少しだけ開けたカウンターと思しき空間があり、そこに人が座っているのが見えた。だが、それはオーディットが思い描いていた人物とはまるで違うものだった。

 ふんわりした髪を緩く後ろで束ね、背筋をピンと伸ばした姿勢でゆっくりと本のページをめくっているその女性は、オーディットを目に留めるとにっこりと笑って話しかけてきた。

「いらっしゃいませ。本日はどういった本をお探しですか?」

 まるで聖歌隊のような透き通るような美しい声で話しかけられて、オーディットは目を見張った。今までこのような美しい声の持ち主に出会ったことはない。字面は完全にビジネストークであるのに、彼女の声は心に深く染み込んできた。もう少し余韻に浸っていたい気持ちに駆られたが、我に返って返事をした。

「わたしは枢木オーディット。この古書店セラエノの店長、ノーデンス殿に個人的な用事があって来ました。取り次いでもらえますか?」

 それを聞いたカウンターの彼女は、少し残念そうな表情をしながら、しかしながら笑顔で答えた。

「ああ、店長ですか。残念ですが、店長はいま私用で出かけています」

 そういう事態も想定しておくべきだった、とオーディットは心の中で舌打ちした。全てが順調に進んだ時のことしか考えていなかった自分に、ほんの少し苛立ちを覚えた。ただの任務なら逆にもっと熟考することも出来たかもしれないが、いかんせん今回は事情が事情だったため、今振り返ってみても行き当たりばったりな計画しか立てられなかった。いや、計画というのも烏滸がましいかもしれない。

「それなら、店長が帰ってくるまでここで待っていても構わないですか?」

 遅くとも夜までには、という打算があったのは確かだ。だが、そんな淡い期待も次の一言で粉々に打ち砕かれることになってしまった。

「それが、店長はいま買い付けのために海外に行っているので、いつ帰ってくるのかはわからないんです。年単位で帰ってこないとこもよくあるので、待つのはお勧めできません…」

 笑顔ではあるが申し訳なさそうな意を感じ取れる声で彼女はそういった。

 正直にいってかなりまずい事になったとオーディットは感じていた。当然外国に来ているのだから、今日だけで用事が済んでしまうとは考えていなかったが、まさかこの古書店の店長と会えるのがいつになるのか見当もつかないとは、微塵も考えたことがなかったからだ。何日か待つのであれば適当な宿を取ってという手段も取れるが、期限が不明では予定も立てられない。いったんイタリアに帰るべきか、あるいは上に事情を説明して指示を仰ぐべきか。どうすべきか悩んでいる最中、見かねたカウンターの女性が話しかけてきた。

「よければ、わたしが何かお力になりましょうか?」

 ありがたい言葉だった。だが、それは無理だ。この件は素人にはまず理解すらできない。だからこそ、今回は特別にツテを使ってこの店を紹介してもらったのだ。だが、おそらくアルバイトかなにかのこの女性に話しても、頭がおかしくなっただけだと思われるに違いない。

「残念だが、あなたでは力になれそうにない。申し訳ないが…」

 その矢先だった。

「あなた、検邪聖省の方ですよね?」

 その女性が発した単語「検邪聖省」を聞いた時、オーディットは目を丸くした。まさか一般人がその名前を知っているとは思わなかったからだ。

「その胸につけてるエンブレムを見ればわかります。検邪聖省の人はそれを誇りに思っているから、どんな時でもつけてますよね」

 確かに、オーディットの着ているこの白のコートの胸には、検邪聖省のエンブレムが付いていた。そもそもこれは支給されたものだ。我が教父様からこの任務を授かった時に与えられた。だが、このエンブレムが持つ意味を知っている人間が、まさか遠く離れた極東の地にいるとは、率直にいって驚き以外の何者でもなかった。だが、それだけに留まらず、彼女は続けた。

「ひょっとして貴方は聖騎士様ですか?お若いのに凄いですね!」

 彼女が目を輝かせながらそういってきた時、オーディットの心の中では驚きよりもむしろ警戒心が強くなった。あまりにも詳しすぎる。教父様から紹介された人物が留守でいつ帰って来るのかわからない上、一般人が知る由もない事実を知っているなどということがあり得るだろうか。この女性は一体何者なのか。一瞬何かの罠ではないかとの疑念も湧いた。だが、誰が、一体どうやって…

「随分と我々のことを知っているようだな」

 オーディットは語気をやや強めながらいった。とにかくこの女性の正体を知りたい。会話にじゅうぶん注意を払って、どこかにそのヒントがないかどうか精査しなければ。

「この店に検邪聖省の人間が来るとしたら、審問官か聖騎士かといったところですけど、貴方の佇まいからは、審問官の雰囲気は感じ取れなかったので、多分聖騎士様なんだろうなあと思っただけですよ」

 屈託のない笑顔で話す女性。オーディットはあまり対人コミュニケーションが得意ではないのだが、この女性が嘘をついているようにも思えなかった。どのみちこれが罠だったとしても備えはある。オーディットは賭けてみる事にした。

 コートの中、肩からかけていたバッグのジッパーを開き、中から銀色の物体を取り出した。

 一見するとブリキのような質感のそれは、蓋、もしくは皿のような形状をしていた。「蓋」の外側の表面には何かの穴が5つほど空いていて、中に突き抜けている。およそ三十センチほどの直径の「蓋」は、恐ろしく軽く頑丈である。艶消し塗装のような質感でありながら、並の金属では傷つけることすらできない。分析データによれば熱にもめっぽう強く、三千度以上の高温に晒しても変色すらしなかったらしい。

 現存する金属のどれよりも強い性質を持つこの「蓋」は、これ以上調べても何もわからなかった。もちろん正式に組成分析に出したわけではないので、然るべき機関で科学的な検査を長期にわたって行えば何かわかったかもしれないが、問題の性質上公の機関に依頼するわけにはいかず、教父様の指示でこの古書店に持ち込んだのだった。

 取り出した物体をカウンターに置いた途端、それをみる女性の目の色が変わった。

「あら、あらあらあら。これは変わったものをお持ちですね!」

 予期していなかった反応に驚いたが、その後の彼女の言葉にはさらに驚かされた。

「これはトゥクルという金属でできている、「脳缶」と呼ばれる機械の一部です」

「の、脳缶?」

 初めて聞く単語に戸惑っていると、カウンターの女性は笑顔で、しかしながら今までとは違った凛とした声で話しかけてきた。

「ああ、こういった事には詳しくないのですね。だから検邪聖省は貴方を店長に紹介しようとしたわけですか。」

 完全に立場が逆転したとオーディットは感じていた。自分がその道のプロで、彼女は部外者の素人だと決めてかかっていたのに、今や自分が完全に蚊帳の外に置かれている。全く予期していなかった事態に冷や汗すらかいていた。  そして、狼狽するオーディットを見て、彼女はいった。

「ちょっと気分を変えるために外に出ましょうか?」

 驚きに次ぐ驚きで、今更ながらオーディットは喉がカラカラなのを思い出した。そして、一息つこうという彼女の提案をありがたいとさえ思った。彼女に対する疑念などよりも、まずは落ち着いて考える時間が欲しい。

 カウンターから出て来た彼女は、何かを思い出した様子で振り向いたので、後から考え事をしながらついていったオーディットは危うくぶつかってしまうところだった。だが、そんな事を気にする素振りも見せずに彼女は続けた。

「そういえば、まだわたしは自己紹介してませんでしたね。わたしはマキナ。夢見マキナといいます。枢木オーディットさんでしたよね?聖ヶ丘にようこそ!」

 マキナがそう話しかけると、その透明感あふれる美しい声がオーディットの不安を和らげてくれた。

 オーディットは思った。もし、神の天啓が得られるのであれば、頭の中に聞こえて来るのはこういう美しい声なのではないかと。

 唯一絶対の神に仕える検邪聖省の聖騎士でありながら、オーディットは目の前の女性、夢見マキナが、さながら自分たちの教義には存在しない「女神」のように思えた。自分でも何故なのかはわからない。あえていえばヒトとしての本能がそう思わせたのではないか。

 ふと、心にそんなことが思い浮かんだのだった。

つづく

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ここを自創作の公開地とする。

ずいぶん久しぶりにブログを書きます。

とはいえ、今回は完全に自分の創作の作品を公開する場としてだけ利用します。

今後、ここで公開する予定の作品は…

 

 

漫画「かみさまのいるせかい」

 

上記漫画のスピンオフ。本編の三年前が舞台。

小説「かみさまのいるせかい SideB」

 

と、なります。

興味のある方はよろしくお願いします。